春が来る前に

これから本格的な冬になるこの時期に変なタイトルですが、今日の話は季節のことではありません。
春は春でも
アラブの春

大学院に入ったばかりの頃、単位取得のための講義、といっても、学部時代のゼミより少人数のクラス。
その所為で教授の話を拝聴する、というよりは、ディベートの場になることが多かった。
同じ専攻の学生は少数なので、いつも大体同じメンツ。
留学生が結構いて、私は立場としては違うけど、外国人という意味ではそちらと一緒。
政治という分野なので、それぞれのバックボーンからくる主義主張がありいつも白熱する教室。
その仲間の中でちょっと、というか、かなり問題ありの人がいた。
中東某国出身、本人は元からそんな気はないから別に、って言ってたけど(まるっきりの本心では決してないことはみんなが知っていた)、アメリカには留学はおろか入国すら相当難しい国。
とまあ、これでおおよそどこの国か、想像がつく。

何が問題かといえば、それはもちろん彼の発言。
生まれ育ってきた国のことを考えても、常識の線を逸脱するものばかり。
教授は困惑するし、学生同士では、これじゃ講義を受ける意味がないという意見が出ることも多々あり。

結果的には、講義を受けて単位をもらわないことには、論文を書いても修士号は取得出来ないので、次第に彼もトーンダウンしていったんだけど、当然ながら親しい仲間は出来ず、資料収集では結構困っていた。

論文については、途中で何回か、”進捗状況報告会”が義務付けられ、プレゼンをした後、居並ぶ専攻の教授陣とかなり突っ込んだ質疑応答をするのだけど、その場でも彼はいつも紛糾して、徒に時間を取っていた。

それでも何とか所定の単位を取得し、論文を仕上げ、彼にとっては最大の難関であったらろう、口頭試問もクリアし、学位を取った。

私は、講義の際に何度か彼の口撃の標的にされ(生まれ育ちが気に入らないからという理不尽な理由を人づてに聞いてあきれた)、正直、何をされるかわからないような危険も感じたことがあったので、講義が減った2年目以降は出来る限り避けていたので、修士を終えた後彼がどうしたのかは知らなかった。
引き続きこの国に残るか、環境が整えばドイツに行きたいと言っていたという話しは噂で聞いていたけど、どちらもダメだったということを知ったのは随分経ってからだった。

そのあまり思い出したくもない彼について、今も博士後期で一緒に研究している友人が驚きのニュースを教えてくれた。

母国での反政府運動に参加し国軍からの攻撃の犠牲になり亡くなった

友人は、この話を彼と同じ国出身で今はボン大学に留学している友人から聞いたという。
博士課程に進みたいと思いながら、経済的事情でかなわず、国に帰って、ネット配信のメディアの仕事に就き、最近、中東で吹き荒れている”アラブの春”運動に身を投じたらしいという。

戦争の犠牲になる、テロの犠牲になる、それはもちろんあってはならないことだし、そういう人がいなくなるために何が出来るのかってことを考えるのが今の自分の研究だけど、まさか、自分の身近にいた人が、祖国でその国の軍隊によって命を奪われるような目に遭うとは・・・

人として生まれて、育って、祖国が良い国になるために力を尽くしていたのに、その命を奪ったのは祖国の権力。何て理不尽な話だろう。
人は生まれる国を選べるわけじゃないけれど、あまりにも悲しい。

アラブの春、一口にそういっても、国ごとに置かれている立場も違うし、今後の方向性も違う。
でも、何れにしても、アラブに春が来ることは世界の平和のためにもとても意義深いと思う。
春を呼ぶために流された多くの血をムダにしないためにも。

Oさん、衷心よりご冥福をお祈りします。
[PR]
by kabusledge12 | 2011-10-20 16:28 | 研究