負の遺産と向き合う

水曜日の夜遅くワルシャワから戻ってました。
で、アーランダからアーランダエクスプレス(成田エクスプレスと同じ用途の電車)に乗ってストックホルム中央駅に移動し、駅前の某ホテルへ。
翌日から2日間、シンクタンクに出勤し、出張報告と予定されていたプレゼンをこなし、金曜日の夕方、迎えに来てくれた相棒と一緒に、さらにストックホルムにとどまり、昨日の夜遅くにやっと帰宅。
今朝、ステファンの家に預かってもらっていたパンぺを迎えに行ったら、私はそっぽをむかれました。
うーん、やっぱり相棒を独占しようという気がありありとしている。思わぬライバル出現だ!

さて、そのワルシャワ出張。
今回は冷戦の終焉の頃のヨーロッパがテーマでした。
私はただ参加しただけなので、気楽な気持ちで出かけたのですが、ドイツからの参加者との雑談で、間もなく施政権復活後40年を迎える沖縄の話に。
「戦争で失ったものを話合いで取り戻した」
沖縄の本土復帰はそう表現され、史上稀に見ることだと言われているけれど、そのために結果として、戦後70年近く経った今も、沖縄の人たちは苦しみ続けることになっているのではないか、とその人に言われました。

何で、その人とこんな話になったかというと、私が提出したCVを見て、学部時代のゼミの指導教授の名前に目が行き、是非、沖縄の話がしたかったと言われました。
私の恩師は前にも何回かここで書きましたが、日本の占領研究の第一人者と言われている人です。
そのドイツ人研究者は第2次大戦後の戦勝国側による政策を研究していたことがあり、その時に恩師が書いた文献を随分と資料として活用したそうです。
英文の文献が多いのでとても助かったとも言ってました。

そして、私はこの人との話の中で、あらためてドイツ人の戦後感、負の遺産と正面から向き合う国民性について考えさせられました。
ドイツ国内に複数残る強制収容所の跡、ベルリン郊外、ヴァンゼーにあるヴァンぜー会議記念館。
ヴァンゼー会議記念館について欧州以外の国の人とはほとんど話をしたことがないとびっくりされたけど、あそこは私にはとても衝撃的な場所だったから。

びっくりといえば、私は沖縄に行ったことがないと言ったら、かなり大きなリアクションで驚かれた。
これね、よく言われるんですよ。何で、行かないんだと。
確かに、安全保障を専門とする者として、それも母国は日本なのに、ありえないことですね。
何とか近いうちに機会を作らないといけないなと思います。

今回は本当にスケジュールがタイトでワルシャワの街を散策する時間はあまりなかったけど、前回、プライベートで行かなかったところで行ったのは↓

旧王宮博物館
全景

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内部(撮影OKなのは珍しい)

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大統領府

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こちらは前も行ったけど、今回の目的の記念として

ワルシャワ蜂起記念碑

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無名戦士の墓

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本題はここまで。

今日は日本、そして北米は母の日でしたね。
スウェーデンは今月の最終日曜日です。
実家の母は両方の母の日にプレゼントともらえます。
さて、今年はどんなプレゼントがいったことやら。私は全然関知してません。(爆)
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by kabusledge12 | 2012-05-14 05:32 | 研究